徳川家康公の墓所 久能山東照宮神廟

家康公の薨御と大明神

 元和2年(1616年)4月17日、駿府城で薨御した徳川家康公の遺骸は、その夜のうちに久能山に運ばれました。そして吉田梵舜(神龍院梵舜)や榊原照久(当時「清久」)らによる唯一神道(吉田神道)の儀式をもって「大明神」として神に祀られ、将軍徳川秀忠公は明神造りによる社殿の建造を中井正清に命じました。

改葬と呼ばれた勧請

 その後家康公の神号が「大明神」ではなく、天海の推す「大権現」に決定すると、家康公から遺言されていた翌年の日光山への「勧請」(分霊・分祀)は、日光山への「遷宮」あるいは「改葬」と呼び改められました。しかしそこでいう「改葬」とは、天海の主導する神仏習合の神道における儀式上の名目でしかなかったのです。

今も久能山に眠る家康公

 家康公の遺骸は久能山東照宮の神廟に「御尊体」として埋葬されており、その後掘り出されても運び出されてもいません。その事実は、日光東照宮の奥宮と久能山東照宮の神廟を実際に見て比較すればわかります。また、『舜舊記』『本光國師日記』『東部實録』などの史料を注意深く読むことでもわかってきます。

参考文献:舜舊記(吉田梵舜)、本光國師日記(金地院崇傳)、東部實録(松平忠冬)
文・写真・デザイン・イラスト(東照大権現像模写):興津 諦

興津諦プロフィール

1960年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。認知科学研究、語学教育、文筆活動、アンガーマネジメント・メンタルトレーニング、グラフィックデザイン、ウェブデザインなど、共感を得るための広範なコンテンツ開発を専門とする。1994年大修館書店『言語』誌にて、時制や相に表れる認識の根本原理の存在を言語学史上初めて指摘する。2012年静岡商工会議所観光飲食部会にて地域資源発掘のためのテーマコピー「余ハ此處ニ居ル」を発案後、久能山東照宮神廟の研究に関わることとなり『季刊すんぷ』を発行。2015年静岡市公式観光サイトの主要コンテンツ『極楽都市しずおか』を企画制作。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。
【著書・著作】
『日本語入門 The Primer of Japanese』(1993年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社)
『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』1994年12月号)
『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(1998年新風舎出版賞受賞)
『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(2011年〜2012年SBSラジオ)
『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(2013年アドマック出版)
『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(2013年アドマック出版)
『余ハ此處ニ居ル ─ すんぷ特別版』(2015年アドマック出版)

興津諦コラム▶

これまでの講演やセミナー

【徳川家康公の墓所と「改葬」】
2014年より2016年にかけて『季刊すんぷ』を編集・発行、全国からの久能山東照宮参拝客への配布活動を行う。 2019年2月6日 静岡商工会議所観光飲食部会・全国家康公ネットワークによる共催『余ハ此處ニ居ルプロジェクト講演会』(静岡市あざれあ)にて、久能山東照宮の落合偉洲宮司・久能山東照宮神廟研究家の桜井明氏と。
【アンガーマネジメント】
2009年より、職場のストレス、ハラスメント対策、育児ストレス、介護ストレス、異文化ストレスなどの改善を目的としたメンタルトレーニング講座。静岡県内外の自治体・病院・介護施設・企業・商業施設・空港などにて実績豊富。

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